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左手に暖かな温度を感じて、意識が急にクリアになる。
長い金色に縁取られた睫を揺らして、瞼を押し上げれば其処にはずっと会いたかった大好きな恋人の美貌があった。
黒檀のような黒髪に漆黒の双眸。その端正な顔が、不安から安堵へとゆっくりと変化する。その瞬間が見られたことをエドワードは、自分の事を果報者だと思った。
「…大佐」
「ああ、ああ。鋼の。よかった」
触れていただけの手が、意思を持って握り返される。そして見開かれた瞳にはエドワードの金色の瞳が映っていた。
それだけの事なのに、こんなにもこそばゆい。自然に緩んでくる頬を、どうしようかと持て余す。
その頬をロイの手がそっと撫でる。何度も何度も、ここにエドワードがいるのだと確かめるように。
「大佐……」
言わなければならない事も、聞きたい事も沢山ある筈なのに、名前を呼ぶ以外はまったく形にならなかった。何時でもこの優秀なはずの頭は、いざという時には役に立たない。最後に残るのは、本能と衝動だ。
監禁されている間中欲しかった、その声に視線に、そして唇。
実際は三日程しか過ぎていないのだが、無理やり閉じ込められるのと自らが旅に出る事との大きな違いだろうか。こんなに恋しくなるのは。
執務室で、人目を恥ずかしがって、キスを交わせなかった事が、こんなにも自分を駆り立てるなんて、エドワードは今まで思ってもみなかった。
目覚めたときに一番に恋人の顔が見られた嬉しさだろうか、それともまだ寝ぼけているのか、取り留めのない事ばかりが脳裏を過ぎる。
ただ自分を呼ぶ声が聞きたくて、そしてその唇が欲しくて。
もし、エドワードが自分の思考で考えていたならば、真っ赤になって実行できなかっただろう事も、今ならば身体か本能か、知らずに右腕がロイを求めて伸び上がった。
「鋼の…?」
エドワードの機械鎧がベッドサイドの常夜灯の明かりを鈍く反射させて、ロイの頬を掠めて唇へと乗せられた。
鋼のひんやりとした感触が、ロイの薄い唇の上を行ったり来たりする。
「鋼の」
何がしたいのだろうかと、もう一度エドワードの二つ名を呼んで彼の顔を見れば、逆にロイの方が照れてしまった。
それほどまでにエドワードの表情が、言葉よりも雄弁にロイに会いたかったのだと触れたかったのだと語っていた。
「…大佐?」
さっきまで好きに触らせていた指を掴んで離させると、途端に不安げな声が返ってくる。そんな声すら愛おしくてロイは目元を緩めた。
傷自体は酷くない、けれど失われた血液が多くて、医師からはもしかすると何らかの後遺症があるかもしれないと言われていた。
いまだ点滴の管に繋がれたままの、エドワードの左腕。
それを重ね合わせるだけだった右手を、ロイは絵小戸ワードの手首に巻かれた包帯にそっと、壊れ物を扱うかのように触れて、今度はしっかりとお互いの指同士を絡ませて握った。
生身の左手が大人の大きな右手に包まれる。指と指の間を通しても、この小さな掌はすっぽりとロイの手の中に納まってしまう。
こんな小さな手に彼は沢山の物を持ち、抱き締めている。
持ち物の重さと質量でいっぱいいっぱいだろうに、それでもエドワードはなんでもない事のように、更にロイにその腕を差し出す。
そして今も、怪我人の彼に心配されている、駄目な大人だ。
「鋼の……さっきから私達は名前を呼びあってばかりだ」
「うん、大佐。うん」
「鋼の。ああ、鋼の」
それしか言葉を忘れてしまったかのように、二人はお互いの名前だけを呼び交わした。
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蝶の行方の冒頭部分です。アゲハのその後の話。
ロイエドR15禁、病室エロ(苦笑)とっても仲良しさんです。
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兄さんは最近、綺麗になった。
東方中央図書館へと続く道を、エドワードと歩きながらアルフォンスは思った。
左手にトランクを持ち、右手をポッケットに突っ込んで、少し俯きがちに歩く。そんな兄を、隣からでも見下ろせば、午後の陽光に煌く、彼の旋毛が見える。
兄の気性そのままに、スタスタと進む足に合わせて、金色の一房がゆらゆらと揺れて。
その日差しにも、負けない赤いコート。アンダーの隙間から覗く白磁の肌に黒の上下。
…プラス鎧の僕。
今までも、よく視線を集めてきた。けれど最近の兄さんは、前とは明らかに違う視線を集めている。いや、視線だけじゃなく声も掛けられる。だからこそ僕がちゃんと目を光らせてなきゃ、と思ってる。じゃないと大佐に顔向け出来ない。
大佐と約束したわけじゃないけど。
何でそこに大佐が出てくるかってーと…兄さんの恋人が大佐だから。
イーストシティに寄る度に、美人度が上がる。そんな兄を見てると、僕の心境は複雑だ。けれどまぁ、兄さんが幸せならいいかなと。最近やっと思えるようになったんだ。
でも、だからってコレはいただけない。雑踏に紛れ軟弱な男が数人、アルフォンスの様子を伺っている。自分が目を離す、ちょっとした隙さえあれば、兄さんに話しかけようとしている。睨んでやれば、あっさりと物陰に隠れる。本当にさっきからうざったくて仕方がない。
でもあんなヤサ男達では兄さんを、どう、こうできる訳がない。だから放っておけるんだけど。
でもやっぱりうざいなぁ…。
どうしようかと、アルフォンスがエドワードに尋ねようとした瞬間。
エドワードが後頭部を抑えて、何の前触れもなくいきなり振り返った。
金の眼を吊り上げて、素早く辺りに視線を巡らせる。
「兄さん…また?」
「あ、いや、大丈夫だ。…たぶん」
悪意は感じないから。
そうエドワードは言うのだが、ここ東部に入った数日前から強い視線を感じているらしい。
一瞬だけれど、強烈に後頭部に突き刺さる視線に、他意は感じ取れない。だからこそ余計に気になるというもの。
相手の意図することが読めないのは、苦手だ。逆に真意を測ろうと、そのことばかり考えるようになってしまう。まるであいつの事みたいに。
「大佐に相談してみようよ、兄さん」
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アゲハの冒頭部分。この後エドがストーカーに攫われて、アルが東方司令部に殴りこみに行きます(苦笑←いや、マジで)
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